れんおやすみ
more
きらりいます
more
ひいな出勤
more
SENKAポケパラ担当これが最後に良かったと言えるなら
こんにちは SENKAのひりゅうです 本日が最終日です 初めて参加させていただきました 店舗として在籍キャストを少しでも 上にあげたい キャストさん達も本当にすごいなと 改めて尊敬しました 本当このイベントの裏側を 撮影して編集して インサイドストーリーに する価値あるような気がします 戦い抜く頑張ってくださるキャストさん達、 応援してくださるお客さま 日々の努力が繋がり 少しでも笑ってくれる人が 多くいたら良いと思いました 正直な話 SENKAに入った当初は 黒服達の気合いの入り方に こんなに頑張らなくても… とか思ってしまったこ事もありました イベントを通して久しぶりに 思い出しました 全力でやる楽しさ いつから「まぁいいや」で飄々とするのがかっこいいと思ってきた自分がいました。 子供の頃は 今思えば体育の50m走 部活動の試合 何かしらに全力でやってた 全力で挑んだ先にしか見えない景色 それが自分の理想とは少し違くとも 全力ならばやりきったと思える 1番を目指すのは楽しいこと 派閥も学歴も関係なく シンプルなこの世界 時には理不尽な事も辛く 昼じゃこんなこと無いのにって 思うけど 選んだのは自分であって 自分の選んだ道を後悔したくない 空手もバスケも前にいた鉄道会社も たまたま意思があってやった わけじゃなくて たまたま成り行き 正直鉄道会社は誰でも入れます 成り行きで先輩から教わった 「人生は死ぬまでの暇つぶし」 これがかっこいいと思ってました でもそれで本当にいいのか? そんな疑問が芽生え紆余曲折あり 今ここにいます 鉄道会社のお偉いさんから聞かされた話です 人生は死ぬまでずっとレール(線路)の上を歩く 人生という片道切符をもって 途中寄り道や回り道も出来るけど 戻ることだけはできない それは営業規則通りでもあり 人生も後戻り出来ない だからこそ日々駅を使うお客さまに 一瞬の接客一瞬の接遇で 最高のパフォーマンスを見せること そしていつでもお客さまの 心の拠り所であって人生の 出発、途中、終着駅としての 人生のピリオドになり続けろ… とかなんか言われてメモをとった 18歳の記憶です 偏見がある世界ですが 私達は必要とされる限りは この世界にいる以上は必死にもがいて 泳いで頑張りたいなと思います なんでこんな話を今回 したんだよって まぁ後々わかるとおもいますが どんな人生であれ 自分で選んだ人生の選択を少しでも 良くするためには全力で尽くす この事だと思います 本日最終日 お待ちしてます
あいり💚SENKA💚😭
122もイイネありがとう😭いつもスーパーイイネくれる方も本当にありがとう😭💗 まじで早く治れカラダ
まほいるよー
お気に入りのヒョウ柄マイメロのキーホルダー なくした 悲しいです ばばーい
ありさいる
体調も良くなって久しぶりにいます おやすみごめんなさいすぎる( > <꧞) 日本代表かっこよかったあ 太ももにでっかいあざあるけど気にしないでねん
あいり💚SENKA💚😭
こんなにつらいの数年ぶり😔治ったらシャインマスカットとパイナップルとお菓子とクロワッサンと美味しいものたくさん食べるんだ😭ああ…ブログのストックも予約して書かないと…
ゆず最後
more
みゆおやすみ
もうすぐ7月だ夏が来る(ᴖ ̫ᴖ )♪ かわゆい大好きな水色
なつきわさび飯
こんばんに〜🎵🎵 こんばんに みおさんと行った居酒屋おいしかった🎵🎵🎵🎵 また行きたいほんまに! 時間がなくて出来立てのわさび飯かちこんでたら みおさんむせすぎてて死ぬほど笑った爆笑爆笑爆笑 調子乗ってたらわたしもむせた爆笑 また食べたい!!行きたい!!
あいり💚SENKA💚🙇♀️💦
more
あいり💚SENKA💚6/30
more
みお🍾
1年ぶりに逢いに来てくれた🥹 ソウメイまでありがとう🫶🏻 なんでもそうだけど 口だけじゃなくて ちゃんと行動で示してくれる人って素敵✨
ちなつ6/30
more
ちなつ出勤です!
more
アルバイト大河逆光
前回のブログ『色彩』では、茨城県友部で生まれたことから大学時代までを振り返りました。 柔道に打ち込んだ日々。 陸上で汗を流した日々。 珠算電卓部で過ごした高校時代。 そして茨城キリスト教大学での学生生活。 振り返ればたくさんの出会いがあり、たくさんの経験がありました。 それらは今の自分を形作る色だったと思います。 だから前回のタイトルは『色彩』でした。 そして今回のタイトルは『逆光』です。 逆光の中では前が見えません。 目の前が眩しくて、自分がどこへ向かっているのかも分からない。 正しい道を歩いているのかも分からない。 ただ必死に前へ進むしかない。 今思えば、大学卒業後から今に至るまでの数年間は、まさにそんな時間でした。 大学時代の僕は小学校教員を目指していました。 教育学部で学び、教員免許も取得しました。 教育実習も経験しました。 子どもたちと関わる仕事がしたい。 教育に携わりたい。 そんな気持ちは本物でした。 そして就職活動では、教員だけでなく役場の教育関係部署への就職も考えていました。 教育行政という形で子どもたちや地域に関わる仕事も魅力的に感じていたからです。 しかし、僕が就職活動をしていた時期は最悪のタイミングでした。 新型コロナウイルス。 世界中が混乱していた時代です。 公務員試験の日程も大きく変更されました。 本来なら併願できるはずだった自治体の試験日程が重なり、選択肢が大幅に減りました。 何か月も勉強しました。 問題集を解き続けました。 一般教養も時事問題も覚えました。 友達が遊んでいる時も勉強していました。 努力はしていたと思います。 結果として一次試験の筆記は突破できました。 あの時は本当に嬉しかった。 少しだけ未来が見えた気がしました。 でも現実は甘くありませんでした。 二次試験の面接で不合格。 結果を見た時の悔しさは今でも覚えています。 倍率も高かった。 簡単な試験ではなかった。 そう頭では理解していました。 それでも悔しかった。 努力してきた時間が頭をよぎりました。 応援してくれた家族の顔も浮かびました。 そして何より、自分自身への悔しさがありました。 あと少しだったのかもしれない。 全然足りなかったのかもしれない。 それは今でも分かりません。 ただ、その時の自分には結果が全てでした。 さらに追い打ちをかけるように、発表時期の問題がありました。 公務員試験の結果を待っている間に、一般企業の募集はほとんど終了していたのです。 周りの友達は次々と就職先を決めていました。 社会人になる準備を進めていました。 自分だけが取り残されているような感覚でした。 焦りもありました。 不安もありました。 将来どうなるんだろう。 そんなことばかり考えていました。 そんな中で、なんとか滑り込むように就職したのが塾講師でした。 教育関係の仕事です。 当時はこれも何かの縁だと思いました。 子どもたちに勉強を教える。 大学で学んだことも活かせる。 そう考えていました。 ですが現実は理想とは違いました。 週6勤務。 月収81,000円。 今振り返っても驚く数字です。 アルバイトの方が稼げるんじゃないかと思うくらいでした。 もちろんお金だけが仕事ではありません。 やりがいや経験も大切です。 ですが生活ができなければ意味がありません。 毎日働いているのに将来が見えない。 貯金もできない。 精神的にも体力的にも余裕がなくなっていきました。 それでも最初は頑張ろうと思いました。 ここで踏ん張れば何か変わるかもしれない。 そう信じていました。 でも限界はありました。 友達にも相談しました。 親にも相談しました。 そして言われたのです。 「その環境で頑張り続けることだけが正解じゃない」 その言葉に救われました。 頑張ることと我慢することは違う。 その時初めてそう思えました。 そして退職を決意しました。 正直怖かったです。 社会人になってすぐ辞める。 世間的には良い印象ではありません。 でもあの時の自分には必要な決断だったと思います。 その後はしばらくフリーター生活を送りました。 ファミリーマートでアルバイトをしながら就職活動。 将来何をしたいのか。 自分は何が向いているのか。 本気で分からなくなっていました。 周りは正社員として働いている。 結婚する友達も出てくる。 昇進する友達もいる。 そんな中で自分だけが立ち止まっているような感覚でした。 でも不思議なことに、その時間は無駄ではありませんでした。 接客を学びました。 社会を見ました。 いろんな人と出会いました。 そして人生について考える時間もたくさんありました。 焦りながらも、自分と向き合った時期だったと思います。 そんな時に転機が訪れます。 千葉の友達との出会いです。 大学時代から仲の良かった友達でした。 その友達との交流が増える中で、千葉へ行く機会も増えました。 そして気付けば、 「千葉で働くのもありかもしれない」 そう思うようになりました。 人生って不思議です。 何がきっかけになるか分かりません。 そして僕は野田へ移住しました。 新しい環境。 新しい挑戦。 そこで選んだ仕事が不動産営業でした。 今までの人生で営業経験なんてありません。 教育畑の人間です。 それでも挑戦してみようと思いました。 実際に働いてみると学ぶことは多かったです。 コミュニケーション能力。 提案力。 交渉力。 社会人として必要なスキルがたくさんありました。 ですが同時に、自分の力不足も痛感しました。 知識が足りない。 経験が足りない。 交渉力も足りない。 結果が出ない。 もちろん努力はしました。 でも少しずつやりがいを見失っていきました。 向いていないのかな。 そんなことを考える日も増えていきました。 そして再び人生の転機が訪れます。 先輩からの紹介でした。 「一回見てみれば?」 そう言われたのがワンズグループでした。 当時の僕は夜職の世界をほとんど知りませんでした。 偏見もあったと思います。 でも話を聞いてみると面白そうだった。 そして何より、人と関わる仕事でした。 自分の強みを活かせるかもしれない。 そう思いました。 面接を受けました。 そこで縁をいただきました。 さらに後から聞いた話ですが、僕は会長の紹介でSENKAへ配属されたそうです。 理由を聞いて思わず笑いました。 「自己PRが長い」 「真面目そう」 そんな理由だったらしいです。 確かに否定できません。 昔から話し始めると長いです。 真面目ともよく言われます。 今こうしてブログを長文で書いている時点で説得力がありますね(笑) そしてSENKAでの日々が始まりました。 最初は分からないことだらけでした。 お酒の知識もない。 接客も違う。 業界用語も分からない。 毎日が勉強でした。 でも不思議と楽しかった。 頑張った分だけ結果が見える。 仲間がいる。 目標がある。 少しずつ仕事ができるようになる。 そんな環境でした。 気付けば週6出勤するのが当たり前になっていました。 キャストさんと話す。 お客様と話す。 SNSを運用する。 ポケパラを書く。 イベントを考える。 気付けば仕事が生活の一部になっていました。 そして本当にあっという間でした。 気付けば2年弱。 大学を卒業した頃の自分は想像していなかった未来です。 公務員になれなかった。 塾講師も辞めた。 フリーターも経験した。 不動産営業も経験した。 遠回りばかりだったと思います。 でも今なら言えます。 その全部に意味がありました。 どれか一つ欠けていたら今の自分はいません。 公務員試験に受かっていたら。 塾講師を続けていたら。 ファミマを辞めていなかったら。 不動産営業で結果が出ていたら。 きっと今ここにはいません。 人生は本当に分からない。 だから面白いのかもしれません。 逆光の中を歩いていた当時は先なんて見えませんでした。 でも振り返ると、その時の経験が今の自分を支えてくれています。 そして今日は―― 1’S GP最終日。 ここまで長かったようで短かった一か月でした。 毎日ブログを書いて。 いいね周りをして。 SNSを更新して。 たくさんの方に応援していただきました。 本当にありがとうございます。 最後の最後まで全力で走り切ります。 あの日、将来に悩んでいた自分が今の姿を見たらどう思うでしょうか。 きっと驚くと思います。 でもきっと少しだけ安心してくれると思います。 「なんだかんだ楽しそうじゃん」 って。 だから今日も頑張ります。 逆光の先にある景色を見るために。 本日はこんな感じ サラダバー!
ひいな出勤
more
れんおやすみ➰
more
きらりいるよん
more
まほ店休日までいるよー
more
ありさいない
いないです、、、 最近体調崩しがちで気をつけなきゃいけないです😢 日本対ブラジル見たいから早く寝よ
ひなのらーめん
more
みお💚
昨日なつきさんと ディズニー帰りに行った居酒屋が おいしかった💓 わさび飯食べたんだけど 1口たべるたびにむせて爆笑😂 そしてそのまま出勤💨 今日も出勤いるよ!
ゆず締め日
more
なつき🐭にんにん
謎の筋肉痛です 昨日はみおさんとディズニー行ってきたにゃん🫶🏻 普段酔うからコーヒーカップのらんけど挑戦したらキャラクターたちが登場してきたかわいい
あいり💚SENKA💚🙇♀️、🥺💗
本日、体調不良の為お休みします🙇♀️ しっかり休みます。 きのう、指名のお客様来てくれた🥺 ありがと💗 😊
みゆやすみ
more
あいり💚SENKA💚6/29
more
アルバイト大河色彩
今回は少し昔話をしようと思います。 そしてタイトルも、いつもよりシンプルに。 「色彩」 最近はFGOやアニメ、ラーメンや仕事の話を書くことが多かったのですが、たまには自分自身のことを書いてみるのもいいかなと思いました。 今の自分がどんな人間なのか。 どこで生まれて、どんな子供だったのか。 少し振り返ってみようと思います。 僕が生まれたのは茨城県の友部です。 今は笠間市になっていますが、当時は友部町でした。 自然が多くて、のどかな場所です。 子供の頃はそれが当たり前だったので何も思いませんでしたが、大人になってから帰省すると空の広さに驚きます。 千葉や東京ではなかなか見られない景色です。 そんな友部で生まれた僕ですが、実は幼い頃に少しだけ大きな出来事がありました。 2歳の頃、身体に不自由な部分があり手術を受けています。 詳しい内容は伏せますが、両親はかなり心配したそうです。 もちろん当時の僕には記憶なんてありません。 ですが、今こうして元気に働けていることを考えると、本当に周りの人達に支えられていたんだなと思います。 そして幼少期の僕は、とにかく小さい子供でした。 4歳頃から小学5年生まで。 なんと背の順はずっと一番前。 入学式の写真も一番前。 運動会も一番前。 集合写真も一番前。 とにかく一番前です(笑) 今でも昔のアルバムを見ると、 「こんなに小さかったのか……」 と驚きます。 当時は背が低いことが少しコンプレックスでした。 小学生男子ですからね。 やっぱり背が高い子に憧れます。 でも不思議なもので、小学6年生くらいから急に身長が伸び始めました。 このまま180cmくらいまでいくんじゃないか。 そんな夢を見ていた時期もありました。 しかし現実はそう甘くありません。 中学2年生の頃。 身長は159cm。 そこで成長がほぼ止まりました。 終了です。 ゲームで言うなら成長イベント終了のお知らせです。 「いやまだ伸びるだろ」 そう思っていました。 高校に入っても。 大学に入っても。 社会人になっても。 結果。 159cmのままでした。 人生そういうものです。 ただ、中学生の頃は部活をかなり頑張っていたので体型は細かったです。 体重は41kg。 今考えると本当に軽い。 ほぼスペック120でした。 風が吹いたら飛ぶレベルです。 そんな僕ですが、運動は好きでした。 特に中学生時代はかなり活動的でした。 なんと、 陸上部と柔道を掛け持ち。 今考えると意味が分かりません。 なぜそんなことをしていたのか。 若さって凄いですね。 陸上では短距離をやっていました。 最高記録は11秒台。 県大会レベルには届きませんでしたが、自分なりに頑張っていました。 スタートダッシュの緊張感。 ピストルの音。 ゴールした瞬間の達成感。 今でも覚えています。 そしてもう一つが柔道。 こちらはかなり本気でした。 小さい頃から続けていたこともあり、柔道の方が思い入れは強いかもしれません。 毎日投げられ。 毎日投げ返し。 毎日筋トレ。 今なら絶対無理です。 当時はそれが普通でした。 結果として関東大会にも出場することができました。 全国には届きませんでしたが、自分の中では大きな経験です。 努力が結果になる喜び。 仲間と勝利を目指す楽しさ。 負けた悔しさ。 スポーツから学んだことは本当に多かったと思います。 高校に入ってからも少しだけ柔道部に所属していました。 ですが途中で退部。 理由はいろいろありますが、自分の中で一区切りついたというのが大きかったです。 そして入部したのが、 珠算電卓部。 ここで話が急に変わります。 柔道から珠算電卓。 我ながら振れ幅が凄い。 格闘技から計算機です。 でも意外と楽しかったんですよね。 もともと珠算や電卓は得意でしたし、資格取得にも力を入れていました。 結果として珠算・電卓1級も取得することができました。 今の仕事で使うことは少ないですが、計算が早いのは意外と役立っています。 高校時代は勉強も部活もそれなりに頑張りました。 そして気付けば進路選択。 将来何になりたいのか。 その時の僕が選んだ道は、 小学校教員。 子供と関わる仕事がしたい。 誰かの成長を支えたい。 そんな気持ちがありました。 そして進学したのが、 茨城キリスト教大学。 教育学部です。 今でも自分の人生の中で大きな時間を過ごした場所だと思っています。 大学に入ると世界が変わりました。 まず自由。 とにかく自由。 高校までとは全然違います。 授業の組み方も自由。 空きコマもある。 友達とご飯も行ける。 サークルもある。 アルバイトもできる。 大人と子供の中間みたいな時期でした。 教育学部だったので授業は大変でした。 教育原理。 教育心理学。 教育課程論。 教育実習。 レポート。 模擬授業。 想像以上に忙しかったです。 教員になるためには覚えることも多く、課題も大量でした。 でも不思議と嫌ではありませんでした。 同じ夢を持つ仲間が周りにいたからです。 そして大学時代の最大の財産は何かと言われたら、 間違いなく友達です。 今でも連絡を取る友達。 今でも遊ぶ友達。 ほとんど大学時代の友達です。 社会人になると新しい友達ってなかなか増えません。 だからこそ大学で出会った仲間は本当に大切だと思っています。 授業終わりにご飯へ行ったり。 深夜まで話したり。 テスト前にみんなで勉強したり。 教育実習の愚痴を言い合ったり。 今振り返ると青春だったなと思います。 もちろん恋愛した人もいるでしょうし、部活を頑張った人もいるでしょう。 僕にとっての大学生活は、 「友達との時間」 が一番大きかった気がします。 そして気付けば卒業。 教員免許も取得。 社会教育主事任用資格。 司書資格。 様々な資格も取得しました。 あの頃は将来がまだ見えていませんでした。 まさかその後、東建コーポレーションに入社し。 さらにキャバクラの黒服になり。 ブログを書くようになるとは思ってもいませんでした。 人生って本当に分からないものです。 でも振り返ると無駄だった時間は一つもありません。 友部で生まれたこと。 手術を乗り越えたこと。 背が小さかったこと。 陸上を頑張ったこと。 柔道で関東大会へ行ったこと。 珠算電卓部に入ったこと。 大学で教員を目指したこと。 全部今の自分を作っています。 FGOで言うなら、 どの章も欠けてはいけない物語です。 第一特異点だけでもダメ。 第七特異点だけでもダメ。 全部積み重なって終章へ繋がる。 人の人生も同じなんだと思います。 成功したことも。 失敗したことも。 黒歴史も。 全部含めて今の自分です。 最近は年齢を重ねたせいか、昔を振り返ることが増えました。 当時は嫌だったことも、今思えば笑い話です。 逆に何気ない日常だった時間が、一番大切な思い出になっていたりもします。 これから先、どんな人生になるかは分かりません。 新しい出会い。 新しい挑戦。 きっと色々あると思います。 でも原点を忘れずにいたい。 茨城県友部で生まれた小さな少年が、たくさんの人に支えられてここまで来たことを。 そんなことを思った夜でした。 皆さんは自分の原点って覚えていますか? たまには昔を振り返ってみるのも面白いかもしれませんね それではまた。🍜 さらだばー